私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『素粒子物理学をつくった人びと』 ロバート・P・クリース、チャールズ・C・マン

2009-05-26 21:12:13 | 本(理数系)

広大な実験施設で大量のエネルギーを投入し、加速した粒子同士をぶつけて壊す。何のために?それは万物の成り立ちの究極理論を実証するためだ。素粒子物理学と呼ばれ、数々のノーベル賞学者を輩出するこの学問は、20世紀初め、原子の構造の解明に頭を悩ませた学者が、波でも粒子でもある「量子」を発見したことから始まる…
理論と実験の最先端でしのぎを削る天才たちの肉声で構成された、決定版20世紀物理学史。
鎮目恭夫、林一、小原洋二、岡村浩 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ・ノンフィクション文庫 <数理を楽しむ>シリーズ)


この本は、初心者にはこれっぽちも優しくない。
ある程度の知識がないと、この本を読み進めるのは難儀に感じるだろう。

そもそも、本書は専門用語の説明がかなりアンバランスなのだ。
以下は純粋なる、恨みつらみなのだが、たとえばプランク定数みたいな、初歩の知識をちゃんと説明してくれるかと思えば、何の前触れもなく、ヒッグス・ボソンなんて専門用語が出てきたりする。これでは初心者が置いてきぼりになるに決まっているだろう。
個人的な印象を言うなら、ウィーク・ボソンの説明が抽象的で、読むだけではなかなかイメージしづらいのも気に食わなかった。クォーク以降の章は、その傾向が顕著だ。
著者は読者をどこに想定しているのか知らない。あるいは内容が内容だけに、わかりにくくなるのは仕方ないのかもしれない。
でも工夫ってもんが必要じゃあないのかね?

僕は、素粒子物理学に関して、趣味で勉強した程度の知識しかない。頭の回転だって基本的には遅い。
そのため、それなりに努力しなければ、内容についていくことはできなかった。というか、一度下巻の途中で挫折した。
それでもツンデレの如く、愚痴りながら、この本を投げ出そうとしなかったのは、本書が単純におもしろかったからである。


確かに本書を読み進めるには、ある程度の素粒子物理の知識は要る。
だが知識さえ揃えれば、この分野の発展がいかに刺激的なものなのかがよくわかるのだ。それはこの本が「素粒子物理学会の内幕」を描いているという要素が強いことも、関係しているのかもしれない。

特に電磁気学と弱い相互作用との統一理論を思いついたときの、若き日のグラショウの文章なんかにはドキドキする。
新発見をしたときの科学者の興奮が、そこから伝わってくるのが何よりもいい。


そしてそういった場面を読んでいると、どんな難解な理論でも、それをつくりあげるのは人間なのだと気づかされる。
教科書で数式として書かれる世界にも、人間の意志や感情がかくれているのだ。

個人的におもしろかったのは、ハイゼンベルクとシュレーディンガーの、マトリクスと波動方程式をめぐる争いだ。
対立する理論の登場にいらいらするハイゼンベルクの姿はどこか滑稽で、少し笑ってしまう。
またハイゼンベルクの師匠ボーアが、体調を崩してグロッキー状態のシュレーディンガーに、議論をふっかけるシーンもおもしろい。弟子思いと言えば美しいけれど、これは100%いじめだろう。
あの有名なシュレディンガー方程式が受容されるまでには、こんな子供じみた(としか僕には見えない)感情のドラマがあったとは知らなかった。そう考えると、何か感慨深い。

またJ/ψ粒子を巡るティンとリヒターの研究合戦もおもしろかった。
特に慎重すぎるあまり、なかなか論文に着手しないティンが良い。もしも彼が向こう見ずな行動で論文を発表したなら、J/ψ粒子はJ粒子と呼ばれたかもしれないのだろう。
個人の決定はどのように作用するものかわからないな、とそういうエピソードを読むと思ってしまう。

ほかにもおもしろいエピソードは多い。
個人的にはパウリがお気に入り。辛らつな毒舌家の彼は非常に濃いキャラで、傍目で見る分には、むちゃくちゃ楽しい。毒舌を言われる当事者にはなりたくないが。
そのほかにも有名、無名、労が報われた者、そうでない者、様々な人間模様がうかがえて興味深い。


この本が初心者には向かないことは確かだ。
だがもしも素粒子物理学に詳しいのなら、あるいは素粒子物理学を学ぶきっかけをつくりたいのであれば、楽しい読み物となることはまちがいないだろう。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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はじめまして。 (かえる。)
2009-05-26 21:40:33
三ヶ月ほど前からw~拝見させていただいてます。
きっかけは、JPホーガンの星を継ぐものでした。
それからいろいろと、本屋を徘徊する時の材料に
させてもらってます(^^)v
またおじゃましますね。
…素粒子物理学…ホーキング宇宙を語るくらい
しか読んだことないですね。
またおじゃまします。
では。

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コメントありがとうございます (qwer0987)
2009-05-26 21:57:28
かえる。さん、初めまして。コメントありがとうございます。

『星を継ぐもの』、おもしろいですよね。SFはそんなに頻繁に読んでいないけれど、あれぞ、エンタメって感じで楽しく読んだ記憶があります。

僕の文章が何かの参考になるんでしたら、これほどうれしいことはないです。ありがとうございます。
そんなに頻繁に更新するブログじゃないですが、ひまなときにでも気軽に来てください。
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